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  考える葦の生  

 
一時期、ネットの集団自殺が流行ってた。
連れション感覚での自殺か?
別に可哀相とは思わないけど、なんだか腹は立つ。
そんなに死にたきゃ、東南アジアあたりに地雷撤去しに行けばいい。
運が良けりゃ死ねる。
いっそ、小泉総理はネットで自殺志願者募集して 東南アジア地雷撤去ツアーでも企画したらどうだろうか。
日本は確か、地雷撤廃条約みたいなんにも加盟してるから丁度イイだろう。
両手両足縛った状態でゴロゴロ転がせればバッチリさ!

「ちゅっど〜ん」・・・・「はい、地雷一個撤去で〜す」

完璧。

え?最近では地雷探知機とか地雷除去用の装甲車とかあるの?
でも、こっちのほうが経費安く済むよ。
効率よく間引きもできるし、国際貢献にもなるし、一石二鳥。
それとも、腹ん中に爆弾詰め込ませて北朝鮮に送ったほうがイイかな。
成功すりゃブッシュに頭くらいは撫でてもらえるだろう。


本当に生きる事を追い詰められた人が居るのは分かる。
でも、そういう人は必ず一人でこの世を去る。
わざわざネット上なんかで連れション仲間なんか探さんよ。

「幸福に生きてる人間に、死にたい人間の気持ちが分かるはずがない。」
なんて聞くけれども、勝手に自分以外の人間を幸福扱いしないで欲しい。
悲惨な人生送った人間が皆自殺してると思ってるのなら、思い違いも甚だしい。
不幸自慢なんて、所詮上には上がいるものだ。

もし、自殺の理由が未来への漠然とした不安じゃあくだらなすぎる。
自分でもクダラナイと分かってるから仲間でも探してたのだろうか。
そうじゃないかもしれないけど、そうならやっぱりバカすぎる。
情けない自己愛の末路だ。


武士の時代の切腹。
大戦中の特攻隊。
全部全部がそうだとは言わないけれど、 自らの命と引き換えに主や家族・大切なモノを守る誇りある最期だと思ってる。
これらを己可愛さの逃避の自殺と同列に並べる気は無い。


やりたい事が見つからないと言うけれど、 仕事が無くなったなんて言うけれど、生きれる場所なんて沢山あるぜ。
人間は「考える葦」というならば、自殺は「考える葦」故の悲劇なのか?
無意味なプライドは捨てればイイし、 無理に夢を探す必要なんて無いんじゃないか?


過去に取材で17億近い借金を背負った一家に会った事がある。
まさに何も無い崖プチの人生だと感じだけど、逞しい一家だった。

「借金の取り立ては、一億前後の頃が一番恐かったね。
だってさ、17億なんて臓器売っても生命保険でも無理じゃない。」

なんて言い放っていたけど、自己破産もせずに家族総動員で黙々と返済に勤しむ姿には 純粋に感心させられた。
そう、確かに崖っぷちではあったけど、絶望や悲壮感は感じられなかった。
・・まぁ、コレは極端な例だな。


別に素敵でも素晴らしくもないかもしれないけど、立派に生きることくらいは出来る。
そんなに色々と考えないで、気楽にシッカリと生きてきましょうよ。


さて・・もうすぐ世話になった先輩の一周忌。
若くしてこの世を去られた先輩は、最期に何を想い去ったのだろうか。
何年もの長い長い間、病院の床で何を想い何を夢見ていたのかは俺には分からない。
分かる訳が無い。

でも、俺は泥に塗れて汚れても頑張って生きようと思う。
平和で怠惰でも有り難く生を貪り続けようと思う。
 








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